2002.10.「水に眠る」 北村薫 文春文庫北村薫は前から読みたいと思っていたけれど、いまだ手つかずの作家だった。 「ターン」や「スキップ」など、私のはまりそうなコンセプトだ。 こないだ、「まるごと宮部みゆき」を読んでいて、宮部みゆきが執筆に悩むと、進路相談に行くように、北村薫に相談しに行くとか温かい作風という言葉があって、書店で目についたこの本を買った。 さて読後感は、上質なセンスあふれるかぐわしさを感じたというのか… でも一味ちがうセンスに取り残された私かも。 気に入ったのは、オープニングの「恋愛小説」 恋の予兆と漠としたものを待ちながら生きていくうちにわきおこる喜びや期待の確信。その演出のしかたがしぶくて、実に心憎い作品だ。 あと「ものがたり」というのもよかった。 繊細で大胆な謎のものがたりに真実の気持ちをこめての愛の告白をする。それを受け止められずもものがたりで受け止める。 これもしぶかった! そして、巻末の豪華な解説といったら… 一編について、作家たちが語るのだが…同じものを読んでこんな解説が書けるとは感動!実に鮮やかで深い! 「あなたに捧げる犯罪」 小池真理子 双葉文庫 平凡な女の怖さを描く短編集。どんでん返しや巧みなトリックや心理描写で楽しませてくれる。皮肉な結末、どの作品にも殺人が出てくるが、虚構として割り切って読む分にはおもしろい。しかし、私が小池真理子の作品でものすごくひきつけられるのは、この類のものより、さりげないなかに、人生や人間の不思議を漂わせている作品のほうだ。 「シュガーレス・ラヴ」 山本文緒 集英社文庫 以前読んで、おもしろかったと思ったので再読。 身も心も疲れ病んだ10人の女性たちのそれぞれの物語。 「睡眠障害」「便秘」「味覚異常」「肥満」…病んでいるといっても、病院で心因性のものといわれるくらい、心と密接なつながりのある諸症状。むしろ、ストレス社会では普通の状態というくらいの。 女性たちはけだるい虚無と再生の願いにゆれて、時にはキレてしまったり、どろどろにおちこんだり…しかし、何とか現実を受け止めることができ、再生の予感で物語は終わる。 しかし、山本文緒は独特の感性を持つ作家だと思う。 すごく現実感があるのに、ありきたりでなく、恣意的なものが感じられないのに、伝わってくるものがある。読んでいると、どこへたどりつくかわからない意外性があるのに破天荒ではなく真実がとらえられてると言うか…。 とにかくひきこまれてしまうのだ。おもしろい。 こないだ読んだファーストプライオリティは、この作品をさらに純化したという感じがあった。 恋愛も自身が恋愛体質と語るように、山本ワールドのテーマだが、一筋縄ではいかないのだ。読んでいるうちに恋愛って何?と思えてくる… 「20代に読みたい名作」 林真理子 文藝春秋 やっぱり、かっとばし一気に読めてしまった。大好きな林真理子の本。 クレアに連載されていた名作紹介である。本の帯には「奥行きのある女になるための読書ファイル」とある… 林真理子は今の時代を常に自らもおしゃれ、恋心などに現役の女性である。かつ、鋭く的確な観察眼で客観的に世相や人間模様を分析し、斬る。 エッセイは手放しでおもしろい。 読みやすいので、ひょっとすると、軽いと思う人もいるかもしれないが、いえいえ、この人、実に正統派というか、文学的造詣が深い。 お母さんの代からの文学少女で古今東西の文学がぎっしりとからだに積み重ねられている本格派だ。だからこそ、現代的な感覚でわかりやすい作品も奥深いのだ。 恐れ多いことをあえて言えば、ああこの人も本大好きの人生を送ってきた人なのだ…とまず共感してしまう。 この本で取り上げられている本も私自身読んでいるもので、好きな近代現代のオーソドックスな名作(選択にはひとひねりあるが)が多くすごく楽しめた。 すばらしい一読者として語ってもらえる本の紹介。その深く鋭い読み方とそれを表す豊かな表現。自分には読みこなせなかったところや見えなかったものが見えてくる。また同じようなことを感じたのだという共感もあり… たとえば、三島由紀夫の「鏡子の家」をとりあげ、男と女の真実をみごとに言い表していることに驚きながら、「三島という人はよく私のことをわかってくれているわ」と共感するところ。私もおこがましいが全く同じことを感じたことがある。 「小説を読む喜びのひとつに、自分の中のモヤモヤを的確に表現してくれる言葉を見つけることがある」というのもまさにそのとおりのことをよく思う。 「風の盆恋歌」のところでは、恋愛の特権は若いときだけのもので、結婚したり歳をとってから、恋をすることはないだろうと若いときは信じているが、結婚すると我々はさらにそれから長い女の人生を歩まなくてはならないことを知ると述べる。そう、これも言いえて妙!女のテーマ、人生のテーマだ。若くなくなってからの人生をいかに女性を失わず生きるかというのは私も最近痛切に感じるテーマなのだ。 その他、外国文学の長編ものなどやはり、若い頃しか時間的にも体力的にも読めない本があるだろうとか。 またこの本は若い女性へのガイドブックだけあって、女性の生き方について小説の中にも作家自身にも学び、感動したところが語られているのがうれしい。波乱万丈だったり、情熱的な生き方についてが多かったが。生き方そのものがドラマであり、小説というような。 最近は歳の似通った身近な題材をとらえた小説を読むことが多い私。小説に波打つドラマチックな物語性を久々に味わいたくなった。 「マンション買って部屋づくり」岸本葉子 文春文庫 一人暮らししたことのない私は一人暮らしにあこがれている。 単純になんかいろいろ考えられておとなになれそうだとか。 も一度やりなおすとしても、やはりわいわいがやがやのほうを選ぶと思うし、独身で一人暮らしは生活の厳しさを一人で背負う覚悟がいると思うものの。 ひとりのじっくりした時間にはやはりあこがれるのだ。 というわけで、この本で一人暮らしのシュミレーションを。 マンション買って部屋つくりから… カーテン選びからご近所つきあい、各種トラブルなどにぶつかる姿が著者のさっぱりした語り口で生き生きと描かれている。 ちょっとおとぼけ、でも冷静に問題分析、解決と気持ちいい。 安心できるのは、著者が才色兼備なのに、常識的でおっとりした感じを漂わせるからか。 だからこそ、ときおりきらめく家族や人生についての見解がきわだつのだろう。 「白鳥の歌なんか聞こえない」庄司薫 中公文庫 学生時代か、「赤頭巾ちゃん気をつけて」を読んで受けた知的で青いのだけれど、洗練されたセンスを覚えている。「ライ麦畑でつかまえて」みたいな読後感。 この作品は「赤頭巾ちゃん気をつけて」から続く主人公・薫(作者がモデルらしい東大生になる男の子の)物語四部作の2作目の作品である。時代背景は昭和40年代、学生運動の頃。 知的でスマートだけれど、どこか不器用な薫くんの思いが語られていく。 ちょっとあなどれない幼なじみの由美の描写と微妙な関係、「赤頭巾ちゃん気をつけて」の時も印象的だったが、ここで新展開が… 20才前の若さが早春の陽光の中にとけあって、生や死に対する漠たる不安やおののきでどこかに身ごとすいこまれそうになる日々が描かれていく。 なつかしいようなその感覚…味わってしまった。 自分もすっかり歳をとってしまったなと思ったけれど。 それにしても、薫くんには、昔も今もこんな男の子と友だちになりたいと思ってしまった私。楽しそう… 由美とは新しい関係が織り成されていったけれど、薫くんの由美に対する独特の思いはうらやましい。 「もし彼女が、たとえばほかの誰かを好きになって、子供を沢山うんで、すっかりおばあちゃんになっても、ぼくは、もしそれが必要なら、いつでも彼女を一目で見つけ出して、そして、やあ、と言って用心棒をやったり、もし困ってたら一生懸命助けてやったりするだろう…」 自分をこんなふうに見ててくれる人いたら最高だと思ってしまうけれど! 「絵本を抱えて部屋のすみへ」 江國香織 新潮文庫 絵本の世界にひたりたくて、再読した。 お気に入り絵本への愛情や感慨をひとつひとつ明るくすっきり、そして豊かに表現した35編のエッセイだ。絵本もそれを語るこのエッセイも生きることの素朴な喜びやエネルギーを謳っていてすがすがしい。日常を慈しむ気持ちもあふれている。 江國ワールドの原点かもしれない。 江國香織は私、もしかすると同学年かも。 童謡絵本が血と肉になっていることを話すくだりで、小学校の教室に貼ってあった栄養成分表のことが出てきたが、懐かしい。同じ時代に子供時代を過ごしたのだ。 彼女は利発な優等生というよりは、おっとりとしているが、独特の感性を持って本を読んだり、学校生活を送っているひっそりした女の子だったんだろう。 作家の家に生まれるという恵まれた環境もさることながら、同じ本を読んでも、天性の感受性で、美しい絵本の数々に身ごと洗練されていったのだろう。 読んだ絵本にはこんな読み方、感じ方もあるのかと発見したり、心に残ったのはこういうことだったのか…と表現の豊かさに驚くとても心地よい本だ。 絵本の楽しみや夢も紡いでくれる。 それにしてもシンプルな絵本にこんなにいろんな意味あいやストーりーが読めるとは… いろいろな絵本をぼーっとながめてみたくなった。 「夢のかたみ」 小池真理子 集英社文庫 自選短編セレクションのノスタルジー編である。 巻末エッセイ「遠い日の情景」によると、著者は未来を夢見るより、過去を遡りたくなる習性があるとのこと。小説的テーマも自身の積み上げられた体験からちらりと顔を覗かせたりするそうだ。 確かに著者の作品には若き学生運動の時代や幼い頃の風景が背景となった作品が多い。 この作品も過去の刹那的なドラマチックな時間を彷彿とし、いとおしむ今一瞬を描いている。 私がこの中でも最も好きなのは「デイオリッシモ」である。 これは以前、別のアンソロジーで読み、感動してそれ以降も何度か読んでいる作品だ。 著者の思い入れがさほど強いものでもなさそうだし、書評などでも目にしたことのない地味な作品だ。とりたてて、訴えるテーマが確固としているという感じでもない。が、すごく深く鋭く貫かれ、その後じーんと沁みてくる。 簡単な言葉、さりげない文章でひとりの人間の中にある歴史、時間の流れをこれほど豊かに表現できるとは… はるかかなたの太古からつづく人間のあるがままの姿を見せられたような気がする。 しかもミステリアスな時間の迷宮に迷いつづけるような読後感。 小説の可能性の果てしなさにも気づかせられる。 私にとっては忘れられない作品である。小池ファンなのもこのような珠玉の短編がはじまりである。 そうして、ここからいろいろな作家の珠玉の短編紹介コーナーも作ろうと考えている。 |